2015年7月 赤兎山
なまえは : 奥村武彦

すまいは : 福井県南条郡南越前町

と し は : 昭和16年生(74歳)

かぞくは :  妻と2人くらし
        息子夫婦と孫2人がすぐ
        隣に住んでいます。
        
趣味は  : 山登り(これは1人で)
        ドライブ(これは奥さんと) 
        読書も好きですが最近は
        すぐ眠くなる、 

しごとは : H14年3月で定年退職
        (昔のご隠居さんは何を
         して楽しんだのかな)

   

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 メ モ
  体調が少し良くなったかな? (2014.3.20) 
 今年に入ってから、今のところ順調に山登りが出来ている。
 ただ、もっぱら町内の山中心であるが、それでも取立山にも行ったし、昨日は富士写ヶ岳にも登れた、なんとなく嬉しい気分である、この調子で銀杏峰や荒島岳へランク上げが出来るといいけれど、やはり無理は良くないかなと思案中である。

  少し山の事から離れて見よう (2013.8.18) 
 今日で30日山登りをしていない、ここ数年こんなに長く山登りを休んだことが無い、理由は簡単、酒を飲み過ぎて転んで捻挫しただけのことである、しかし捻挫は今年3回目で回を重ねるたびに重症になる、足腰が弱くなって来たようだ。
 今年は72歳で72回の山登りをする予定であったが、この目標は取り下げた。
 山への執着心を捨て、過去のことを気にとめず、先のことを心配せず、ただ目の前のできることを一つ一つ片づけてゆきながら、時には山に入り無念夢想を楽しむことが出来たらと思う。

  このところの体調 (2013.4.19)
 若いころから、酒、タバコに親しむ生活を送ってきたが、ほとんど病院に行ったことがなかった、しかし65才の初夏に白山に登った時すごく疲れた、晩夏には北海道の山へ出かけたいと思っていたが、途中で調子が悪くなっては困ると思い、病院へ行って検査してもらった結果、狭心症と診断された、心臓の近くの血管が細くなり酸素の供給がスムーズに行かないそうだ、カテーテルと云う治療で、細くなった血管を広げる治療である。
 一応心臓の手術と云うことで少々心配したが、思ったより簡単に済み、5日程の入院で退院出来た。
 その後6か月ほどで検査に行くと、また別のところが細くなっていると云うので、そこもカテーテルの治療、その後6か月で再々検査、又カテーテル治療、計3回の手術をした、4回目の検査の時はようやく異常なしと云われた、しかし以前のようになった訳ではない、血液がサラサラになるような薬を沢山飲んでいる、胃や腸に負担がかかると、簡単に下血するのであまり無理は出来なくなってしまった。
 山登りは我慢のスポーツであるのに、無理をしない山登りを心がけねばならないので、近くの短時間の山登りが中心になってしまったが、少しづつでも体力をつけて残りの百名山を1つ1つを目標にしながら山登りを続けようと思っている・・・・。
 (本当は、去年も今年も新規の百名山には登っていない、山へチョコチョコ出かける為には何か目的があるように見えた方が楽なのでそう云うことにしていると云った程度の目標である。)

 山スキーを買う (2007.12.20) 
 先日、好日山荘へ行って山スキーを買いました、金具の取り付けなどをお願いし、昨日品物を受け取りました。
今日は66歳の誕生日です、新しいスキーを買ったがさて何回使うかな???
目標は、百名山の吾妻山をスキーで登り、蔵王の樹氷を滑ること、言うことだけはカッコいいな〜。
今日「ジャム勝」が一部オープンのようだ、365は29日の予定、お天気が良くないわりには雪が降らない、大雪はいやだけれど、スキーが出来る程度降ってくれないかなと、空を眺めている誕生日である。
 今年も50回 (2007.11.27)
 65歳の今年は、さすがに体調の衰えを感じるようになった。
調子が悪い、調子が悪いと言いながら登っているうちに、夏山シーズンとなったが白山に登っても大変疲れる、この調子では遠出の気分になってこない、左の胸が痛くなるのだから多分心臓だろうと思いながらも、近場の山に登っていたが、スッキリした気分で山登りしたいと思い病院へ行った。
狭心症と診断された、心臓の病気といっても、今は手首から血管を通して細い針金を入れ、心臓近くの細くなった血管を広げると言うことである、理解しにくいがお医者さんの言うことを信じて手術することにした。おかげさんで上手く手術が出来、3泊4日で9月23日退院することが出来ました。
 10月には金太さんの追悼登山(焼岳)が企画されましたが、しばらくは無理をするなと言われていたので、2000mを超える山は止めることにしました。
 さて、心臓病なのでタバコはダメ、酒もしばらくは止めていました(今は晩酌1合程度)、食欲は今までどうり、体重が自然と増えそうな雰囲気なので、やはり運動しなくてはとウオーキングを始めました、初めはそうでもなかったが同じ所を何度もは厭いてくる、同じ歩くのなら山の方が楽しいので、近くの山から始めました、山行回数に入れるほどの山では無いものもありますが、とにかく今年も50回の山行となりました、お天気であれば気軽に登れる健康のための山歩き、これからも続けて行こうと思っています。

 金太さん (2006.10.25)
 10月22日の朝、山仲間で、年も一つしか離れていない金太さんが亡くなった、焼岳登山口の駐車場から車ごと崖下へ転落したそうである。
 金太さんとは4年程度の付き合いであるが、その間7回ほど一緒に山へ登った、近くの雪山が多い、西方ヶ岳が最初だったと思う、美濃俣丸、日野山、ホノケ、銀杏峰は2回行き、一度は部子山まで行くことができた、今年の3月には荒島岳へも誘ってくれた、小柄ではあるが足腰のガッシリした体格で、口数は少ないが黙々とトップを歩いてくれた。
 その後、彼はドンドンレベルを上げ、剣岳の早月尾根を日帰り登山するまでになった、そして最近はテン泊での単独縦走が続いていた、ドンドン強くなる金太さんがうらやましかったが、体力の差があり過ぎる人と登るのはお互いに辛いので、私は自分なりの山行を続けていたが、メールや掲示版でいつも励まし合っていたのに、・・・
 お通夜から帰ってから風呂に入り、「あんないいやつ、どこにもいない、・・・」と大声で歌いながら涙した、楽しい思い出をありがとう、あなたのことはいつまでも忘れません。
 山スキー (2006.5.2)
 2003年にショートの山スキー(フリートレック)を購入し、365スキー場のゲレンデで練習してすぐに靭帯を痛めた、登山靴で滑るのは難しいと言われ、2004年兼用靴を買って練習した、少し上手くなった気分になったので、日野山を滑ってみた、365はもちろん、六呂師、勝ジャムなどのゲレンデへも行った。
2005年には、フリートレックを勧めた責任を感じてか、shonさんが時々山スキーに誘ってくれた、ひろろとろろさんの練習場、西山、護摩堂山、伊吹山、持篭谷山、有形山等々、shonさんはいつのまにかボードに転向した、自分でも日野山の外に大日ヶ岳へ出かけた。
2006年には365スキー場のシーズン券を買い、ゲレンデ用のスキーを買って、30回ほど練習に通った。
今年もshonさん、ひろろとろろさんが誘ってくれて、有形山、持篭谷山、それに前から行きたかった取立山から護摩堂山へのコース、銀杏峰、野伏ヶ岳なども滑った、5月になりほぼ近くの山は残雪も少なくなり、今年の雪山シーズンは終わりである、あと出来たら立山と白山を滑って見たい、・・・。
 南アルプス (2005.9.11)
 8月に、悪沢岳、赤石岳、塩見岳と難関と思っていた、南アルプス中央部の山に登ることができた、これで百名山を数的には65座、約3分の2登ったことになる、7月には平ヶ岳、会津駒ケ岳に登り、今年はまだ5座なので、昨年の20座から見れば少ないのであるが、なぜか急に百名山が現実見を帯びてきた感じである、今思いを暖めている東北の山へ紅葉の頃出かけられたらと、いろいろ思いをめぐらせている今日この頃である。
 中国 4000年 :  (2005.5.1)
 暇にまかせて本を読んでいると、本代もバカにならないと思い、昨年から時々町の図書館を覗いていました。
宮城谷昌光氏の本は以前から書棚に並んでいるのを知っていましたが、どれも3〜5巻と長編なので手を出さなかったのですが、山は雪が積もり、一人で出かけるのは、・・・。
そこで、気になっていた、宮城谷昌光氏の本を読んでみることにしました、「太公望」全3巻、「孟嘗君」全5巻、「重耳」全4巻、「晏子」2巻、「子産」2巻、「天空の舟」3巻、「夏姫春秋」2巻、「管仲」2巻、現在「楽毅」全4巻を・・・。
久しぶりに読書した気分です、それにしても中国は、大きな国で繰り広げられる長い歴史の盛衰は、日本の歴史上の人物の何十倍もの英雄、英傑が現れ、それらの人物の名前を覚えるのが大変です。
まだ図書館に、宮城谷氏の著書があるので楽しみです。
17.5.12、「青雲はるかに」(上下)
范雎(はんしょ
17.5.14 介子推(かいしすい)
 百名山について : (2004/11/27)
 先日の大台ケ原で今年は20座、トータルで60座を登りました、百名山の中にはたしかに観光地化されすぎて登山の雰囲気から外れるものもありますが、それはわずかで9割り以上は登山としての魅力も十分にあり、素敵な山と思います。
 先駆者の方々の山の憶い出などの随想録を読むと、山登りの苦労は今の比ではありませんが、金銭的にも十分に余裕のある人達にのみ出来る遊びであったような気がします。 出来れば私も温泉に泊まったり、登山口までタクシーを走らせたりする優雅な山登りがしてみたいですが、残念ながら許される環境ではありません、高速代を倹約し一般道路を走り、車の中で寝て頂上を目指すと言うのが現状です、それでも山登りが出来たことだけで充分満足しています。
 しかし、これで近くの百名山はだいぶん登ってしまいました、だんだん山が遠くなり自然金もかかります、金がかかっても百名山完登を目指そうか、それとも登っていない近くの山を歩こうか、少々思案しているところです。
 三屋清左衛門残日録より : 日残リテ昏ルルニ未ダ遠シ(2004/11/12)
衰えて死がおとずれるそのときは、おのれをそれまで生かしめた、すべてのものに感謝をささげて生を終ればよい。
しかしいよいよ死ぬるそのときまでは、人間はあたえられた命をいとおしみ、力を尽くして生き抜かねばならなぬ、・・・
 一両小判 : (2004/11/11)
一両小判は、実に珍しい形とデザインだが、これは米俵を象徴しているといわれている。すなわち米一石(ほぼ一人一年分の量)が金一両で基本であり、慶長十四年(1609年)の規定では、金一両=銀五十匁=永楽銭一貫文(一千文)=鐚銭四貫文となっている。「寛永通宝」の鋳造は寛永十三年(1636年)であった。そして金一分=銭一貫文と定めた。
  剣道スポーツ少年団のページを作りました。  (2004/8/25)
定年になって半年ほどしたころ、南条町の剣道スポーツ少年団の指導者がいないので、面倒を見て欲しいと言う依頼があり、私もどうせ暇だから週に1回程度ならいいだろうと思い、気軽に引き受けたのですが、交代でやってくれる人がいないので、必ず行かなければいけないと思うと中々大変なことであると実感しました。
それでもなんとか2年余りを経過しました、今年の4月からは練習日を土曜日の7時からに変更したら、お母さん方も見に来ていただけるようになり、お母さん方の協力で初めて夏季合宿をやりました。
頭を染めてみました。(2004/1/7)

商工会に勤務していた55歳の頃と思いますが、白髪が目立ち始め、かみさんに染めてもらっていましたは。
定年になってから、どれくらい白いものかと思い、染めるのをやめました。途中ヒゲも伸ばしてみました、ヒゲはあまりにも老けて見えるのですぐにやめました。
今年になってまた染めて見ることにしました。特に理由は有りませんが、白髪の程度が中途半端なのと、年寄りに見えたからと言って、我々の年代が多すぎて別に得することもないし、どちらかと言うと少し若く見られた方が気分も若返るような気がしただけです。
今日は染めた頭で山に登りました、頭のせいではありませんが、調子が良かったです、さてこの後はどうなりますか、・・・

一人歩きの本音について(2002/2/2)
ひとり歩き山の会などとカッコつけたことを言ってますが、ただ単に一緒に行く山仲間がいないだけのことです、だからと言って山登りをあきらめるのは残念なので、一人でぼちぼち歩いている内にだんだん慣れてきたら、一人歩きの不思議な緊張感が好きになってきました、孤独を愛する訳でもありませんが、山にはひとり歩きの方がなにか充実感を感じさせてくれる雰囲気があります。